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Japan

42 posts
  • プライバシーと空気 on by duke, [Japan, Security] Hatena Bookmark

    プライバシーという幻想を守る空気が日本社会には存在する。Google Street View の受容もその空気に強く影響されることになるだろう。

  • ダガーナイフ規制 on by duke, [Japan, Politics] Hatena Bookmark

    秋葉原通り魔事件を契機に浮上したダガーナイフ規制騒ぎには、日本における「政治」というものの構造を見ることができる

  • モノローグとしてのSBM on by duke, [Blogging, Japan] Hatena Bookmark

    blogコメントよりもSBMコメントの方がS/Nが高いというのは世界でも日本に特徴的に見られる現象であり、そこには日本人の文化的特徴が現れていると考えられる。

  • マコトとシツケ on by duke, [Japan] Hatena Bookmark

    金山宣夫によると、日本文化にはマコト主義およびシツケ共同体という二つの特徴がある。役に立たないカタチを重視する文化はここに起因している。それが日本人に非合理性を強いているのも事実だが、ではそれを無くせばよいかと言うのもまた難しい判断である。

  • 司法観の日米差 on by duke, [Japan, Law] Hatena Bookmark

    国側勝訴としながらも自衛隊イラク派遣を違憲とする判決が出たが、これに「対案を示せ」と言うのはさすがに贅沢と言うものではないか。例えばアメリカだったらもっと現場を混乱させる判決が平気で出る。そこには三権分立を巡る日本人の考え方が表れている。

  • ネガティブ vs ポジティブ on by duke, [Japan] Hatena Bookmark

    日本人が行動に踏み切るかどうかの心理には、できない理由を探して現状維持に固執しがちなネガティブ状態と、リスク無視でイケイケのポジティブ状態があるが、どちらもそれぞれ問題を抱えている。リスクを正しく評価した上で解決のための行動を取るという中庸状態が取れないものだろうか。

  • 残酷さ、忌諱、多様性と笑い on by duke, [Japan] Hatena Bookmark

    サウスパークのような笑いを日本人が理解できないという話から、社会的な忌諱と笑いの日米差について想像を巡らせてみる

  • ニンジャのような国 on by duke, [Japan] Hatena Bookmark

    新しいコンセプトを作ってそれを発信し、それによって他国からの尊敬を勝ち取り、自国の利益も確保する、ということは、日本人の得意とする分野では無い。日本人に向いているのは、そういう派手な方向ではなく、もっと subtle で covert な方向ではないだろうか。

  • コミットと態度 on by duke, [Japan, Politics] Hatena Bookmark

    日本人の核兵器反対運動と、北朝鮮拉致問題の解決を求める運動には、共通点が多く見出せる。それは「事態を解決すること」よりも「相手を許さないこと」を優先する態度だ。

  • 日本人の国語力 on by duke, [Education, Japan, Linguistics] Hatena Bookmark

    書店に立ち寄ったところ 大人の「国語力」が面白いほど身につく! という本が平積みになっていたので立ち読みしてみた。買いもせず立ち読みしただけで amazon.co.jp へのアフィリエイトリンクを貼るのもいかがなものかと思うが、最近またアフィリエイト亡者と化している ultraviolet が wordpress の plugin をいろいろいじってる様子で、ご容赦頂きたい。 日本人にとって「国語」とは何なのだろう、という話は以前から疑問に思っていたのだが、この本を読んで「ああやっぱりそうなのだな」との思いを新たにした。 どうやら日本人にとって国語とは「人前で恥ずかしい思いをしないような言葉の使い方」であるらしい。「何かを伝えるための手段」では無いし、「言語によって論理的に思考するための方法」でも無い。 言葉を替えると、「自分が集団の一員であることを示し、仲間外れを防ぐための手段」ということになるだろうか。学校の国語教育がそれを目指すのも当然と言えば当然だし、コミュニケーションや論理的思考の方法を国語の時間に全く教えないのも致し方無いことなのだろう。文芸観賞に流れがちなのも、「大人になって恥ずかしい思いをしないように」文芸作品を教養として知っておかせたいという配慮が遠因にあると見る。 最近騒がれた「ら抜き言葉」や敬語の使い方などいわゆる「言葉の乱れ」論争も、結局のところこの「帰属証明のための国語」という枠組を一歩も出ていないように思える。守旧派は「古き良き伝統的日本」への帰属を叫び、「言葉は生き物」派は「今風の言葉を使う若者的集団」への帰属を重視する。しかし今本当に「国語」について考えなければならない問題は果してそこなのだろうか。