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Attention Saturation

written by nakanohito on

Union Square Ventures での Umair Haque の発言がきっかけになって、Attention Saturation の問題があちこちで騒がれているようです。その言わんとしているところは、情報が氾濫すると、人々の情報に対する関心/注意力が低下してしまうというものです。注意力が飽和してしまうという意味で Attention Saturation と呼ばれています。

これはもともと認知心理学者の Herbert Simon が1971年に言った言葉らしいのですが、RSS Feed を山のように購読している人達から改めて大きな頷きをもって迎えられたようです。一説によると、注意力が飽和する平均 Feed 数は 52.3 とかいう数字も計算されたとか。
ちなみに私の OPML にある Feed 数は 154 でした。Ross Mayfield は 150 で、Venture Chronicle の Jeff Nolan は 187 だそうです。150〜200でたいていの人が打ち止めになるようです。

やはり人間の持てる関心の総量というのは一定のようです。RSS Feed を使うことでページの更新をチェックする手間は省けるようになりました。情報処理能力としては上がっていると言えます。しかし、興味を持てる関心の総量は増えないため、結局苦しいことになるのは避けられないようです。新しい何かが出てくるたびに関心をひょこひょこと移すことになるので、この問題は Looming Attention とも呼ばれています。

現実的な解としては Social Bookmark や SNS などによってフィルタするという話になるのですが、それも結局は Looming Attention にならざるを得ない、という気がします。

そこから思ったのですが、ultraviolet が前から警鐘を鳴らしている便利さが人間を退化させる現象は、実はこの Attention Saturation / Looming Attention に絡んでくるのではないでしょうかね?
便利さが人間を退化させると言うより、便利さによって情報供給が人間の関心総量を超えるようになり、脳が悲鳴を上げているのでは?
自分で様々なものに関心を向けることを諦め、集団知のようなネットワークの向う側の存在に頼ろうとするのも、脳が助けを求めていることの現れだったりしないでしょうか?

情報処理能力であればプロセッサのパワーによって自動化を行なって手助けすることができます。しかし人間の持てる関心の総量を増やすというのは、脳そのものの仕組みを何とかしない限り、極めて難しいように思えます。

考えてみれば、数十年前に言われた「無気力・無関心・無感動」の三無主義も、当時台頭していたTVによる情報供給の急増によって Attention Saturation が起きた結果だったのかもしれません。そして現在はそれより桁違いに凄いことになっているわけです。


One Response to “Attention Saturation”

  1. pingback from Rauru Blog » Blog Archive » アテンション・エコノミーと Bubble 2.0

    [...] アテンション・エコノミーについては、CNET の江島健太郎氏による紹介 や、当 Rauru Blog でも nakanohito による問題提起 などがあるが、Karp の議論はさらに面白い。「サイトに金をかけたからと言ってアテンションを集められるわけではない」という点に問題があると指摘する。 確かに、digg.com で票を集めたサイトが瞬間的にアテンションを集める、といった状態では、投資とアテンションをうまく結びつけることが難しいだろう。投資無しのサイトが偶然膨大な利益を生むこともあれば、投資を集めたサイトが利益を生むとも限らない。そういった例が時々現れるぐらいだったら面白いことだが、常にそういう状況だと資本主義の根幹に関わる問題となる。 [...]

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