ultraviolet がはてな日記で リン鉱石の話 を書いていました。元の ダイヤモンドの記事 には多少事実関係についてあやしい部分もあり、今回の中国産リン鉱石の100%の特別輸出関税は資源ナショナリズムと言うより 四川省震災のため と見た方が正確かと思います。しかし、日本の農業がリン鉱石の輸入に頼っているという点は事実で、今までのようにリン資源を無駄遣いし続けるのが問題なのも確かです。
そこで今回は、リン資源のリサイクルについて、リンの元素循環という観点から記事を書いてみます。
炭素循環という言葉は聞いたことのある人が多いでしょう。炭素は生物が生きていくために必要不可欠な元素ですが、大気中の二酸化炭素→植物の光合成により有機物として固定→動物がそれを食べる→呼吸により二酸化炭素として大気中に排出、といった形で循環しています。
これと似たものとして窒素循環という話もあります。窒素も生物が生きていくために必要不可欠な元素ですが、大気中の窒素→窒素固定細菌により有機物として固定→植物がそれを栄養に育つ→動物がそれを食べる→糞や死体が分解されて窒素として大気中に排出、という形で循環しています。
リンにも似たような循環があります。ただし炭素や窒素が大気を介して循環するのに対し、リンは気体にならないためそういうわけに行きません。どうしても流れが一方向になりがちなのです。
陸地の土壌に含まれているリン分→植物に肥料として吸収される→動物が食べる→糞や死体を微生物が分解する、というところまでは同じなのですが、分解されたリンは大気中に放出されず、水に溶けて海に流れていってしまいます。リン単体ではそこでどん詰まりとなるため、放っておくとリンはどんどん海に流れて行く一方。土壌はやせ細ってしまいます。
これがどう解決されているかと言うと、実は鮭や海鳥など意外な動物を介してリンが循環しているのです。例えば、海中のプランクトンを食べて育った鮭の体内にはリンが豊富に蓄えられています。この鮭が川を遡り、川の上流で卵を産み、そこで死にます。この鮭を、付近に住んでいる熊が捕まえて食べたりします。鮭の死体や熊の糞がリン分たっぷりの良質の肥料になる、という仕組みです。海からリンを回収して山の上まで引き上げるコンベアとして鮭が働いているわけです。大自然とはうまくできていますね。
海鳥も似たようなコンベアとして働きます。海の魚を食べた海鳥が陸地で糞をすると、その糞がリンを豊富に含んだ肥料となります。あまりに大量の糞が一箇所に積み重なると、それが石化して、グアノと呼ばれるリン鉱石になります。今回問題になっているリン鉱石も、そうやって作られたものです。
さて、18世紀の産業革命の頃から世界各地で農業が盛んになり、自然に循環するリン分では足りなくなりました。20世紀からは環境破壊により鮭や海鳥といったリンの循環を担う生物も生息数を減らすことになります。これを補うために、リン鉱石を掘って合成肥料として使う農業が一般化しました。現在の世界の農業生産は、リン鉱石によって支えられています。
このやり方は、過去数百万年に渡って海鳥が少しずつ蓄えたリン分を、ものすごいスピードで消費する、ということでもあります。実際リン鉱石は枯渇しつつあります。例えば南太平洋にあるナウルという国は、20世紀中盤はリン鉱石の輸出で栄えましたが、20世紀後半にリン鉱石が枯渇し、経済的な困窮に見舞われています。今のペースで消費が伸び続けた場合、地球に存在しているリン鉱石は100年程度で全て枯渇するだろう、との予測もあります。
また肥料としてのリンの大量消費は、河川・湖沼・海に流れ込むリン分を局地的に増加させ、富栄養化の問題を生んでいます。自然のコンベアにより回収される能力を上回ってリンが流れ込むと、そういう問題が避けられません。
もし今日の農業生産を維持したいのであれば、リン循環の不足を何らかの形で補う必要があります。鮭や海鳥を増やすのも一つの手です。それと同時に、人工的な手段でリンを回収する方法も考える必要があります。
人工コンベアとして有望視されているのが、下水道からの回収です。日本では下水に大量のリン分が流れ込んでいます。食料自給率の低い日本は海外から食料や飼料を大量に輸入していますが、その中に含まれているリン分のうち、日本人が食べた分は人糞や垢となって下水道に流され、食べ残した分は生ゴミになる仕組みです。この下水が下水処理場で浄化される際に余剰汚泥が発生し、結構な量のリン分がその中に含まれているのですが、今のところ単に捨てられており、捨て場所に困っているのが現状です。しかしこの余剰汚泥からリン分を回収できると、人工的なリン循環として活用できます。
この下水道からのリン回収技術、テストプラントレベルでは余剰汚泥に含まれるリン分の90%を回収できたという報告もあり、技術としてはかなり有望です。
それ以外には生ゴミの再利用が必要でしょう。食品の中で最もリンが多く含まれているのは魚の骨です。日本では昔から魚の骨が貴重な肥料として活用されていました。特に有名なのは干鰯です。江戸時代の日本でも18世紀ぐらいから菜種と綿花が栽培されるようになると、この二種類の商品作物は土壌中のリンを大量に消費するため、人糞や堆肥では肥料が足りなくなりました。そこで投入されたのが干鰯です。人間が食べるのではなく、肥料のために鰯漁が日本中で行われていました。特に松前藩は豊富な鰯の漁獲量にために(米がとれないにも関わらず)経済的に大繁栄したと言われています。今日魚の骨は生ゴミとして捨てられていますが、もったいない話です。
他にも、例えば食肉処理の際に出る牛や豚の骨にも多量のリンが含まれています。以前この骨は肉骨粉として飼料に再利用されていました。それがBSEのために肉骨粉として再利用できなくなり、現在では処理に困るゴミとして頭痛のタネになっています。
こういった固形の生ゴミをリン肥料として安全に活用できるような再処理技術が望まれます。
干鰯のようにリン資源のためだけに漁業を行うのも考え方の一つかもしれません。エチゼンクラゲを肥料に加工する のもそうした試みの一つです。これも、鮭や海鳥が行っていることを人間が代替してリンを循環させる施策だと言えます。人件費がかかってコスト高になるのは致し方ないところですが、本当にリン鉱石が枯渇したらそういったことも必要になるでしょう。
もっと工業的な観点からは、製鉄所から出る製鋼スラグからリンを回収する という研究も行われています。東北大学なのはさすがですね。鉄鉱石の中には多量の燐酸カルシウムが含まれており、製鋼時にそれが不純物のスラグとして排出されます。これまた現時点では使い道のないゴミとして扱われていますが、諸々の問題が解決されれば、リン資源として活用可能かもしれません。
このように、今の日本はリン資源を無駄に捨てているのが現状で、それらをリサイクルする方法も数多く提案されています。いずれも問題はコストです。農作物は安いのが当たり前であって、そのため肥料にもお金をかけられず、リン回収費の方が高くついてしまうのが実態です。リン資源の価格が高騰を続ければ、導入へのインセンティブとなることが期待されます。
ただその場合でも、今の安いリン鉱石を原料とする場合に比べて、肥料価格が上昇することは避けられないかと思われます。一層のコスト削減は急務ですが、21世紀の我々が「食」にかけなければならないコストは、これからも大きな問題となり続けるでしょう。


April 13th, 2009 at 15:11
good