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著作権の歴史

written by duke on

日本語の「著作権」に相当する英語は copyright だが、これはもともと copy + right という組み合わせがわかるとおり複製権を指す言葉である。
著作権についての様々な議論が喧しい昨今だが、この copyright という制度が歴史的にどのように形作られてきたのかということを教養として知っておくのも悪いことでは無いだろう。今回は、copyright の本家本元であるイギリスでの歴史を概観する。

copyright の概念は、16世紀のイギリスにおいて Stationers Company (出版業者ギルド) が自分たちの独占を守るための活動の中から、国王による勅許という形で生まれた。最初の勅許は「書物」全体に対して与えられたもので、「本を印刷して売ってよいのは勅許を得たものだけ」との形であった。中世日本における「座」のようなものと考えられよう。
この勅許は一代限りのもので、国王または出版業者が死んだ場合には新しく勅許を出し直すこととなる。この「勅許が引き継がれる保証が無い」という点がギルドにとって悩みの種であった(おそらくそのたびに袖の下を要求されれたのだろう)。そこでギルドは一計を案じ、「出版に関わる独占権の管理を行う国王の代理人」を制度化した上で、ギルドをその代理人として永続的に任命する、という工作を展開し、それが見事成功した。日本における JASRAC のようなものであろうか。これにより、ギルドのメンバーが入れ替わった場合でも、いちいち国王の勅許を取り直す必要が無くなった。代わりにギルド自身が(国王の代理人として)権利を認定する、という制度である。
しかしこの頃になると独占の弊害も明らかになってきており、市民の間でも反ギルド感情が高まるとともに、多くの海賊出版業者が現れてその取締りが難しくなりつつあった。そのため、全ての出版活動をギルドが完全に独占するのではなく、書籍ごとに複製権をギルドが発行するという妥協案が取られた。新しい書籍を出版しようとする者はギルドに申請し、ギルドは審査を行った上で書籍を登記するとともに複製権を授与する。海賊出版業者でも、おそらく袖の下を払ったのだろうとは思うが、ギルドに複製権を授与されれば、その本については国王認可の正式出版社というお墨付きを得て、大手を振って印刷・出版できるようになったわけである。イギリス・アメリカでは「著作権表示・登録等を著作権保護の要件として課す」制度が長らく続いていたが、それはこのギルド時代の制度の名残である。

ここで注意すべきは、当初の copyright はあくまで出版者としてのギルドの独占権を保護するためのものであって、著作者の権利の保護を目的としたものではなかった、という点である。著作者の保護は1710年のアン法で確立されるが、この法律はもともと、ギルドの独占を制限しようとするジョン・ロックらと、それに対抗して独占権を守ろうとするギルドとの綱引きによって生まれたものだった。つまり、ギルドは「著作者の権利の保護」を隠れ蓑にして実質的な独占の維持を狙ったのである。一時ギルドはコモンローを根拠にして「複製権は永久に保護される」という判決まで勝ち取っている(ミラー裁判)。しかし幸いにして1774年のドナルドソン対ベケット裁判によって複製権保護期間は14年に制限されることになった。
余談だが、この判決を勝ち取ったアレキサンダー・ドナルドソンなる人物は、イングランド・スコットランド双方の法理論に精通した上で、裁判所を一審:ロンドンの大法官府(わざと敗訴)→二審:スコットランドの上級裁判所(勝訴)→反訴:英国貴族院(勝訴)と移すなど、実に巧妙な法廷戦術を展開したひとかどの策士であった。日本のネット住人がJASRACに対抗するためには、ドナルドソンのような人物がどうしても必要である。そうでなければ、永遠に烏合の衆として掲示板上に愚痴を書き続けるしかない。

このように copyright の概念は、もともと有形財における所有権のように自然発生的に生じた概念ではなく、「国王による勅許」という産業振興政策としての枠組みから生まれたものである、と言っても過言であるまい。
なぜ産業振興政策が必要だったのかと言うと、当時書籍を製造する、つまり情報を複製して広めるためには、印刷設備を整えるための莫大な投資が必要だった、という事情がある。彼らの利益をある程度保護してやらなければ、投資を呼び込むこともできず、書籍を製造することすら難しかった。実際書籍の供給は需要に比してかなり不足しており、高値の商品でもあった。そのような状況では、独占の保証によって投資を呼び込む政策も必要だったと言える。18世紀イギリスの状況では、その政策が度を過ぎていた、ということになるだろう。
一方、独占を許可しても投資を呼び込むことが期待できない環境では、むしろ海賊版を奨励する方が書籍供給を増やすための良策となり得ることもある。例えば、勝海舟など幕末に活躍した人物の伝記を読むと、「蘭書を筆写して売ることで勉学代を稼いだ」という逸話が美談として語られている。当時の状況では蘭書の出版に投資を集めることは難しく、しかし数量は限定的ながら確実な需要があり、また後知恵ではあるが当時の日本を取り巻く情勢を考えれば蘭書の供給を増やすことが不可欠だったと言える。そういった状況では、海賊版を販売した若き勝麟太郎の行為も、むしろ美談として認められるべきだろう。

では、現代はどういう状況だろうか。

21世紀は、情報を複製するコストが限りなくゼロに近づいている、という点を特徴とする。
これを指して「海賊版コピーを作るのが容易になった」と嘆く人もいるが、私の考え方は逆だ。「巨大投資を伴う出版社が不要になった」と考えるべきである。つまり現代とは「出版業界に複製権という形での独占権を与える必要が大幅に薄れた時代」なのである。

一方、上記のような「出版社に独占を許す産業振興策」とは違った面から著作権を捉える見方もある。イギリス出版ギルドの独占を巡る鬩ぎ合いの過程で形が整えられてきた copyright だが、同じ時期の北米植民地、つまり後のアメリカ合衆国だが、そちらではまた興味深い発展を辿ることになる。最近の著作権保護期間延長問題などはそちらの見方に起因しているのだが、それについてはまた別の機会に。


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