Ludwig con Mises Institute の Tim Swanson が、Will the University Survive? と題する記事を書いている。例の Stanford が iTunes で講義を公開 などの話を受けてのことだと思うが、ネット経由の遠隔授業などが発達してくると大学の物理ロケーションとしての存在意義はどうなるか、という話である。生前の Peter Drucker は 大学は絶滅する
と予想していたらしいが、Swanson は生き残れるとの見方をとっている。
分析は多岐に渡っていてなかなかに面白いのだが (日本の大学関係者には一読をお勧めする)、「生き残れるか」という総論について言えば、理系の単科大学で実験に明け暮れていた私としては「あまりピンと来ない話」という気がする。実験などの実習が無く講義とゼミだけの大学というものに、私はもともと教育機関としての価値を見出していなかった。そのような大学、つまり日本で言えば文系学部のほとんどは、遠隔授業に巻き取られて当然と思える。ただし、telecontrol / teleexistence 技術がこの先ますます進歩していった場合、実験・実習さえも遠隔でできるようになる、という可能性はある。
そう言えば 極東ブログ で、自分の経験でも思うのは、大学は青春というもののプロバイダーでもある
という話が出ていた。もし上述のように大学が遠隔授業に巻き取られた場合、大学生にとってのいわゆる青春がどのような位置付けになるのか、という点は興味深い。ネット上で青春2.0文化が花開くのだろうか。ちなみに私の実感では、日本の大学によって供給される青春の量というものは、文系に大きく偏っていて、理系に対する供給はそれほど多くなかった、と感じられた。ただし私の大学時代というのはバブル最盛期だったため、最近の就職氷河期における大学生の実感とは乖離しているかもしれない。
同じような話として、大学進学が「上京して一人暮らしを始めるための大義名分」になっていることも、大学の東京一極集中著しい日本ではまた事実かと思う。鹿児島の片田舎に住んでいるままでも大学の授業を受けられるということになると、そういった上京組の減少からは社会的にどのような影響が出てくるものだろうか。例えば、いわゆるパラサイトシングルの激増、など。もちろん親にとってみれば大幅な費用節約となって大助かりなことは間違いない。

